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2009年2月28日 (土)

お内裏様は右・左どちら?

あかりをつけましょぼんぼりに・・・・・童謡でお馴染みの「ひなまつり」が例年の如く3月4日まで、ツツジが岡第二公園秋元邸他数箇所で開催されているので、いつもは散歩時に横目で眺めて素通りしていたが立ち寄ってみた。

3月3日は「桃の節句」と言われ女の子が美しく幸せになれるようにとの願いを込めて、雛人形を飾ってお祝いをする日のようだ。

1 ある資料によると桃の木は悪魔を打ち払う神聖な木、また不老長寿を与える植物とされ百歳(ももとせ)まで長生きできるようにとのことで、この時季に咲く桃の花から「桃の節句」と呼ぶようになったようだ。

40年余前の娘の雛人形を飾った思い出を呼び戻しつつ改めて眺めていたら、老夫婦と同行の数人が「やはりお内裏様が左ですね」「以前右に飾ってあるのを見たことがある」などと語り合っていた。

4 飾り方には二通りあるようで、江戸時代より前は女雛が男雛の左だと男雛が刀を抜くのに邪魔になるので右に男雛(向かって左側)を飾ったとの説があり、昭和になって真影(天皇・皇后の写真)が左に天皇陛下、右に皇后陛下が掲げられたので、それに習って向かって左に男雛との飾り方になったようです。

2 一般的には関東では向かって男雛は左側で、西日本では右側に男雛を飾るのが多いようだが、日本人形協会では男雛を左に飾るのを現代式右に飾るのを古式としどちらでもかまわないとしている。

我が家は右・左どちらだ゜ったのだろう・・・・・さて皆さんの家ではどのように飾ったのでしょうか!!。

昔日の日々を懐かしみ勉強にもなった、いつもと一味違ったお散歩でした。

お知らせ(3月1日~3月8日まで茂林寺境内でタヌキひなまつりが開催される)

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コメント

雛人形は貴族社会の平安時代ころからでしょうか。
家康の江戸幕府が安定するまでの弱肉強食の戦国時代は、男雛が左に位置する。人形を飾るにしても時代を反映した説得力は充分にありますね。
往昔の文化を偲ぶ情緒は、現代人には風化してしまったのか。
我が家の雛たちは、どこに行ったのでしょうか。

可愛い雛たちは巣立っても、雛人形は大切に保管されていたようだ。
それらを市民から寄贈してもらい、市職員と観光ボランティアら12人で1週間がかりで飾りつけたのだそうだ。
その数2,100体余り、ただ明治以前の雛人形はなかったのが残念だ。
でも担当者はこの後の管理・保管の方が大変だと嘆いていた。(ご苦労様です)

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